星付けについて私が知っている、二、三の事柄

-映画のレビューサイトをレビューしていく- そんな趣味が趣味として成立する時代が来ている。Amazonのレビューが幅をきかせるようになってもう久しいが、それに歩調を合わせたように映画レビューも日常のように広まった。 私自身、他人と映画について話す…

ジャンルと人材

「七芸術」すなわち建築、彫刻、絵画、音楽、舞踏、文学そして映画が、芸術の形式の区分として存在していることは確認した。また、これを意識して創作したり、鑑賞したりできないのが問題とも述べた。この問題の背景を知るには、学生演劇に携わる人の類型を…

芸術の形式について

新年を迎えたが、私のいた演劇研究会は相変わらずの状況のようだ。Twitterに流れてくる妙なアニメ関連ツイートへの「いいね!」をみて、そう考えてしまった。 そもそも演劇は芸術の形式の中で、どこに位置付けられるのだろうか。アンドレ・バザン「映画とは…

衣裳や舞台がわからない脚本家

演劇で裏方の長かった私は、ほとんどの場合で脚本と演出の拘りに呆れていた。センスも色彩感覚も乏しく、もっとモノマニアになってくれと思ったものだ。 役者をやる人間の中には演出とか戯曲ために裏方をやっておこうという人が多いが、裏方固有のセンスを吸…

普通に発想する

私は大学時代、演劇サークルに入っていたわけだが、この時にふと思ったことがある。それはオリジナリティーの病というものである。 演劇は、学生が思っているほど、新しいことが可能な分野ではなく、ある種、音楽でいうところのクラシックのような趣が強い。…

お受験、中学受験...

受験とはほど遠い世界にいる私は、今でも「受験」という概念についてあれこれ言いたくなってしまう。 小学校受験である“お受験”なんて完全に親のエゴでしかないし、小学校から何をさせたいのかよく理解できない。 受験問題を載せた電車広告は、もう定番のも…

ゆとり世代についての皮肉な誤解

ゆとり教育を受けた世代が社会に出て、失態をおかすと「これだからゆとりは」なんてことが言われていたが、これも少し流行遅れになりつつあり、近頃は「最近の若い奴は自信過剰だ」とかそういうものが多いようだ。 ところで、ゆとり教育を決めたのは一体どん…

紙の媒体とは

紙の本と新聞との差異とは何であろうか。 速報性においては新聞が強いのは自明なことだが、速報性ならネットやテレビの方がより強い。では、論証性や実証性に強いのか、いや、それなら紙の本が圧倒的な力を持つ。 じゃあ、新聞はどこに拠り所があるのだろう…

倫理と政経そして国語

早稲田の政経が政経受験を廃止したらしい。東大も慶応も政経受験が不可能というのは周知で、倫理に至っては入試での選択は政経以上に難しく、こういうのがまさしく改革すべき点だ。 ヘーゲルやマルクスを見れば明らかなように、歴史と哲学は同時なのであり、…

明治時代

小学生の頃、この時代がとても好きだった。しかし、私が成長するにつれ、そして、世間で龍馬ブームが起こっていくにつれ、明治というものに非常に懐疑的な気持ちを抱くようになった。 そんな私でも、明治期の本でお気に入りがある。それは、小学生の頃に見た…

フィクションとノンフィクション

芥川賞の選考で『美しい顔』の盗作問題が起こった時、盗作の「盗」という概念が一人歩きをして問題になってしまった。選考委員の考えもさほど本質的な議論とも思えない。 元来、私は小説よりも哲学を愛好しているが故に、フィクションには口を出したくないの…

アニメへの違和感

アニメは、文学や演劇や映画を、皆が思っているほどには超越出来ていないと私は考えている。『この世界の片隅に』はその点素晴らしく、実写の戦争映画をある種、超越した出来栄えであった。 ガンダムにしろニュータイプがやはり頂点に立つというのがいかんせ…

友人から勧めで

友人あるいは先輩がブログをやっていることを、しばしば耳にしており、自分もブログをやってみようということになりました。映画評や読書評をつらつらと書き続けることになりますかね。